第一章

第一章 高度情報化社会に向けて


インターネットは、アメリカ合衆国が冷戦期に核攻撃に耐えうる通信網として研究が始められた。研究は国防総省高等研究計画局によりARPANETとして進められ、1969年に運用が始められた。以来長年にわたり築き上げられてきた軍用技術が1993年に民間に移管された。それからわずか3年の間に、インターネットは爆発的な拡張を達成し、米ゴア副大統領の提唱した「情報スーパーハイウェイ」構想も加わって高度情報社会の到来が現実感をもって受け止められるようになってきた。

21世紀に向けた高度情報化の流れの中で、現状をどのように位置づけ、将来にどのような展望が開けようとしているのか。まず高度情報化社会と呼ばれるものの本質を吟味することから始めたいと思う。

第一節 現状の位置付け

産業発展の歴史
産業社会はこれまで2度の大きな産業革命を経験した。18世紀末の産業革命では、蒸気機関と綿紡・織機などの機械による工場生産が飛躍的な生産性向上をもたらした。19世紀末の第二の産業革命では、電動機と内燃機関の発達、鉄鋼業・機械工業の群生、電力をもとにした重化学工業の隆盛などによって世界経済の市場が拡大した。これらの革命はインフラとなる根幹技術の劇的な進歩により生まれたと言ってよい。すなわち、第一次産業革命においてはそれまで人間の力のみに頼っていたものを蒸気機関などの先進的な技術を用いて機械を作り、その技術を基に鉄道や運河を作り、人や物のネットワークを始動させた。第二次産業革命においては、画期的な電力の発明により、交通・輸送ネットワークが完成し、電話等による情報のネットワークも登場した。

そして20世紀末の現在、情報通信技術の革新により、情報のネットワークを完成させる第三次産業革命が始まろうとしている。工業社会のインフラがヒト・モノ・カネの移動を対象としたのに対し、高度情報社会はあらゆる形式の情報の交流を支える情報通信ネットワークを基盤に形成される。その上に新しい産業が発達し、社会システムが構築されていくことになる。

情報システム発展の歴史
さて、これまでの情報システムの発展は2つに分けられる。そしてオープンなネットワークによる革命以降第三の発展段階に入ると考える。

すなわち、1960〜1980年までが第一段階である。これはピラミッド型組織における効率化を追求したデータプロセッシングの時代であり、これを元ハーバード大学教授のリチャード・L・ノーラン博士は『ステージ理論−情報システム発展段階論』において、DP Eraと表現している。この段階の情報システムの最大の特徴は、「バックエンド処理」ということである。つまり、大量のデータをいかに効率よく処理するかを目的とし、そのために大型コンピュータを導入し、いったんすべてのデータを中央コンピュータに吸い上げて集中的に処理を行うものだった。だから必然的に情報システム部門が維持・運用・管理を行うことになり、消費者はもとより、ユーザー部門さえも蚊帳の外におかれる状態だった。それはデータ活用が業務の最も後方で行われているわけで、それをバックエンド処理と呼ぶのである。

そして1980〜2000年が第二段階であり、これはネットワーク型組織における効果を追求するインフォメーションテクノロジーの時代である。これは前著においてITEraと位置付けている。この段階における情報システムの特徴としては、ちょうど第一段階におけるバックエンド処理の対称となる「フロントエンド処理」ということである。つまり、情報を扱ったものがパソコンによって自分に必要で便利な形で処理・活用することが出来るようにする。もちろん既存の情報システムとの連動性を保ったまま取り入れていかねばならず、集中処理と分散処理の混在状態を採らざるをえなかった。ここでは情報部門だけでなくユーザー部門や経営陣も参加することが出来るようになり、データベースを共有することによるBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)やSIS(戦略情報システム)などが進められた。それはデータ活用が業務の最前線の部門にも可能になったことを意味し、それをフロントエンド処理と呼ぶのである。しかし、この段階においても消費者が入る余地はなかった。

ノーラン博士の言う二つの段階はほぼそのとおりに進展してきていると言えるが、その後の情報・通信技術の進歩により、ITの時代に続いて新たな発展段階を迎えようとしている。その発展段階はその最大の特徴がオープン化であることから、オープンネットワークの時代といえる。それこそまさに21世紀の情報システムということになるが、そうした段階への移行においてはインターネットに象徴されるように、「コミュニケーションの仕組み改革」が中軸となる。IT時代の情報システムは組織内の効率化に重点が置かれており、企業と企業、企業と顧客の情報ネットワークは目的別に特定者間に閉じたシステムで運営されてきた。具体的には、企業間では、企業同士で電子ネットワークを用いて受発注をはじめとするデータ交換を行うEDI。企業と顧客間では、バーチャルモールと呼ばれるネット上の店舗での商品売買であり、これは狭義のECとして捉えられる。しかしこれからは広義のECである、マーケティングから製造、流通、消費、決済までを含めた電子化に向け、既存システムやパソコンをベースとした新しいネットワークシステムにインターネット対応のオープンな社外ネットワークシステムが加わったものになると考えられる。基本技術がオープンになり、共通の土台が出来ることによって、その上に全く新しい商品やサービスが出現し、個性的なビジネスが発展しようとしているのである。

第二節 ECが社会に与えるインパクト

これから起こるであろう第三次産業革命によって、人・物・金を動かしてきた工業社会のネットワークに代わり、情報を動かす情報通信ネットワークが発達するであろうことはこれまで見てきた通りである。では、グローバルな発展を始めたオープンネットワークは、産業や社会、企業や個人にどのようなインパクトを与えるだろうか。

オープンなネットワークがインフラとして完成し、その上で産業が発達するということは、すなわち地理的、時間的な制約を全く受けずに全世界の企業、個人とコミュニケーションが取れるようになる、ということである。つまり、「コミュニケーションの仕組み」が変わると考えられる。コミュニケーションの仕組みが変わると、当然その関係も変わってくるわけで、情報通信ネットワークは様々な「関係を変える」ことで大きなインパクトを社会にもたらそうとしている。

@ 人と人との関係
これまでのコミュニケーションは1対1のパーソナルコミュニケーションか、1対不特定多数のマスコミュニケーションであった。また、パーソナルコミュニケーションではもちろん双方向性が確保されるが、マスコミュニケーションではもはや望むべくもない。これは地理的・時間的制約による不可避的な特徴であった。

ところが、オープンなネットワークがインフラとして全世界的に完成すれば、n対nのコミュニケーションが、双方向性を持ち、さらにリアルタイムで行えるようになる。これにより、ネットワーク上には様々な生きた情報や知恵が蓄積されることになろう。そして異文化との交流や、個人が全世界に問題を提起したり、意見を求めることも可能になる。

日本人にとっての問題は、グローバルなネットワークにおける公用語が英語であるということである。国内のコミュニケーションに閉じこもっていてはその魅力は半減する。翻訳ソフトなどの開発も待たれるところであるが、やはり国際化社会への登竜門として、英語の習得は重要なポイントになる。

A 消費者と供給者の関係
ネットワーク上に架空の店舗を出店したり、架空の商店街を開設し、電子カタログを置いてオンラインショッピングを提供する事例が増えている。消費者は、ごく当たり前のように全世界の企業にアクセスできるようになり、世界各国の商品やサービスの購入が可能となる。企業側にとっても、地理的な制約に縛られることなく、全世界にマーケットを求めることができるほか、自社サーバーのホームページにアクセスしてくれる顧客に対してはよりきめ細かいサービスの提供が可能となる。しかもネットワークによる直接取引ということもあって、販売経費が大幅に削減されることから商品を低価格で入手できるようになる。

バーチャル市場の特徴は、双方向の情報通信によって必要なときに必要なモノ・サービスを提供できることにあるが、ビジネスとしての不確実性がまだ多く、成功のノウハウの蓄積も乏しい。また、すべての商取引がネットワーク上で行われるようになるとは到底考えがたい。しばらくは試行錯誤の段階が続くであろう。

B 従業員と経営者の関係
経営の根幹はコミュニケーションにあるから、その仕組みが変われば経営のあり方も変わってくる。現在、社内電子メールの普及やグループウェアによる仕事の進行が可能になりつつあり、新しい社内ネットワークシステムが注目されるようになっている。電子メールは従来の職階を通じた上意下達の非効率さを実証し、グループウェアによる情報の共有と学習効果の共同利用が仕事のやり方を根底から覆そうとしている。

一人一台のパソコンがネットワークにつながるようになれば、管理職のリーダーシップとコントロールの内容が変わり、否応なしに組織のフラット化が進んで古いヒエラルキーは次第に衰退していく。集団主義をベースにした会社に対する忠誠心よりも、成果主義をベースにした仕事に対する充実感の方が重視されるようになり、ライフスタイルに合わせて職業を選択する傾向も出てくるだろう。

しかし、実際にオープンなネットワーク上で商取引が行われ、そうした形態が一般的になってきた時に、どのような雇用形態と就業形態が生まれるのか。その答えは構造変革の流れの中で明らかになってくることだろう。ともかく、不況を契機にリストラ対策として始まった新しい雇用形態の導入は、コミュニケーションの仕組み革新によって、さらに拍車がかかることは間違いない。

C 企業と企業の関係
パソコンの普及により、社内だけでなく取引先とも電子メールのやり取りが行われるようになってきた。これも、従来のEDIによる閉じたネットワークでやり取りするのであれば社内ネットワークの延長として考えればよいが、オープンなネットワーク上で情報のやり取りをするようになると事情は全く違ってくる。ECのシステム環境はオープンなネットワークで国際的な電子商取引ができる環境でなければならない。だから、情報システムは既存システムやパソコンをベースとしたネットワークシステムにオープンな社外ネットワークシステムが加わったものになると考えられる。

では、そうしたシステムの下で企業はどのような戦略を取っていくのだろうか。オープンネットワークが拡大すれば、投資規模は拡大し、技術と製品のライフサイクルは短縮し、ビジネスリスクは大きくなる一方である。このビジネスリスクを回避するには、自社の得意分野に特化し、投資照準を定め、また技術・製品開発に集中してライフサイクルを短縮し、コストを極限まで抑えればよい。

そのための方法が、エレクトロニック・アライアンス、つまり自社の得意領域に特化し、他社の得意領域をうまく活用して機能を補完・強化しあう戦略的提携である。それを推し進めてあたかも一つの企業のように活動していくことでバーチャルカンパニー(仮想企業)を設立することも可能になる。ただし、提携によって相互にシナジー効果が発揮されるような特異性がなければこのような価値連鎖につながることはできない。ネットワークによる戦略的提携は、「情報弱社」が淘汰される可能性もはらんでいる。

第三節 将来に開かれた可能性

オープンネットワークがインフラとして完成し、ECと呼ばれているものが現実化した時、社会に与えるインパクトとして様々な「関係を変える」ことが挙げられることは前節で見てきた通りである。では、ECが実現する仮想空間はどのような特徴を持っていると考えられるだろうか。また、その上ではどのようなビジネスが展開され、それはこれまでのものとどのように違うのだろうか。さらにこうした時代に、企業が生き残っていくためにはどうすればいいか、その条件も合わせて考えてみたい。

仮想空間の特徴
仮想空間、これはよくサイバースペースとも呼ばれるが、これを明確に定義することは非常に難しい。敢えてそれを表わすとすると、それは“文字・画像・音声など、あらゆる種類・形態の情報がデジタル化され、開放されたオープンな情報通信ネットワークを通じて、双方向なコミュニケーションが行える様にした時、そのネットワークにあたかも存在するかのように感じられる空間”といったものになろう。

そこでは、情報をやり取りする時間や場所の制約を受けないので、人間が活動している現実の環境を越えた架空の場所で、まるで現実の世界のようにコミュニケーションが行われる。その世界は何の制約も受けない無限の世界であるが、その外縁は人・組織が持っている「情報リテラシー」によって規定される。情報リテラシーが乏しければ活動領域は狭くならざるをえない。

さて、その特徴は次のようなものであると考えられる。

@ 時間距離などの物理的制約を越えた電子的仮想空間
これは当然の特徴である。

A 流通する財は「情報財」
一節にも述べたように、この社会ではこれまでの有形物に代わって形を持たない情報財が流通する。情報は、有形物のような一物一価が成立せず、さらに非移転性・非消耗性を持つため、ネットワークを流通すればするほど価値を生むことになる。
オープンネットワーク社会では、ハードやソフトによる囲い込みが不可能となり、市民レベルで世界中に情報の受信・発信が行われるようになるため、利用者数は端末の普及にしたがって激増し、情報はそれ以上の割合で拡散する。ここではオープンネットワークが社会インフラとなっている社会を想定しているため、情報は世界的な規模で無限の拡散を起こすことが考えられる。

B参加者が受容する技術標準がルールとなる。
優れた情報、有益な情報の発信源には無数のアクセスが集中し、情報が加速度的に累積される。優れた戦略があれば、全世界の参加者から極めて安いコストで情報を収集する仕組みを作ることが可能である。こうして、特定の人や企業、国や地域に情報が集中することも考えられる。そこではそこを中心にして新しい秩序が形成され、中心にいる者が市場の支配力を強めることになる。その秩序が「デファクト・スタンダード(事実上の標準)」と呼ばれるもので、これを提供する者の寡占状態となる。

サーバーの6割を占めるサンマイクロシステムズ、ブラウザ(インターネットWWW閲覧ソフト)の9割を占めるネットスケープなど、その市場支配力と収益効果は巨大である。ただし、これまでのモノとは違い、形のない情報を商品とするだけに、より良い技術が登場すると、消費者は躊躇なく移行する。巨大な成功者であってもその地盤はそれほど強固なものではない。

その反面、グローバルに散在する得意な需要を領域とするニッチビジネスの存立が可能となり、新業態が生まれる可能性も高まる。

C 参加者はみな平等で、参入・退出はフリーである。
サイバースペースそのものには参入障壁がない。特定の資格を問われることはないし、マーケットに地理的な制約がないので「商圏」の概念も存在しない。現実世界の取引慣行や系列取引といった見えざる障壁がなく、誰にも平等に開かれた社会であり、退出も自由である。日本には様々な障壁があると言われるが、サーバースペースにまでそういった障壁を持ち込むようなことになれば、グローバルなビジネスの中で孤立を余儀なくされよう。仮想空間の登場は、企業の意識改革も要求している。

仮想空間でのビジネス

今後、どのようなビジネスが誕生してくるのかを具体的に予測することは難しい。ただ、抽象的に考えていくことは可能だろう。ここでは、第二節で述べた「関係が変わる」という仮想空間の特徴と符合させ、「関係が変わる」ことによって生まれるビジネスについて考えていきたい。

@ 市場が変わる
仮想空間の特徴は前述した通りだが、仮想空間でビジネスが行われる時、そこには仮想市場ができていると考えられる。そしてその仮想市場の特徴として、商圏に時間・距離の制約がない「ボーダーレスマーケット」であること、必要な時に必要なモノ・サービスを「オン・デマンド」で提供することができること、データベースを基礎にしたワン・ツー・ワンのきめ細かい「カスタムサービス」が可能なこと、が挙げられる。具体的には、ホームショッピング・在宅医療・在宅教育などが現在出てきているサービスであるが、これらに共通する特徴は、従来の単なるカタログ通販と異なり、ネットワークというマスの仕組みを使いながら消費者一人一人の“個の要求”に即応して売り手と買い手の新しい関係を作り出していることである。つまり、「商品を効率よく生産し、個々の消費者の生活・趣味に合わせて、いつでもどこからでも商品を供給する」ことを可能にしたのである。

このように、売り手と買い手の関係の変化が、流通構造の変革を促し始めた。face to faceの触れ合いがない仮想市場で顧客を獲得するためには、バーチャルブランドとでもいうような評価と信頼性を確立することが決め手となりそうである。そうしたことにより近い将来、ネットワークのメリット(無店舗、低コスト、双方向)を最大限に生かした通信販売が、価格競争力を強化し、百貨店、チェーンストア、ディスカウントストアなどの既存店のシェアを脅かす可能性が少なくない。

A 伝統的組織が変わる
企業内外の情報共有を通じて、組織構造のフラット化が進み、仕事のやり方が根底から覆されようとしていることは第2節で見た通りである。これにより生まれるビジネスは、ネットワークを利用することによって生まれるビジネスではなく、その環境を提供するためのサービスである。具体的には、電子メールをはじめ、音声メール・テレビ会議・テレワーキングといったサービスの提供に加え、オープンネットワークの発達に伴って出現するであろう数々の課題に取り組むビジネスはすべてここに含まれる。オープンなネットワーキングには、既存の様々なシステムをつなぎあわせることが必要であり、そのすべてのシステムに精通する技術者が不可欠である。そうした技術者の需要はこれからも増え続けるものと考えられる。

さて、日本の「情報リテラシー」は米国に比して格差があることは否定できず、経営風土からしてもバーチャルオフィスやモービルオフィスの実用化は疑問とする見方も少なくない。伝統的組織は本当に変わるのかということであるが、競争環境の変化は好むと好まざるとに関わらず進展するのであり、世界的に環境が変わっているのに現状維持を続けることは不可能である。遅かれ早かれ新しい組織構造・雇用形態・ワークスタイルへと移っていかざるを得ないのならば、早期実現を期待したいところである。

B 戦略提携が変わる
従来型の規模の経済性は後退し、必要な経営資源をアウトソーシングして合理化・効率化を極限まで追求する「連結の経済性」が主流になりつつある。その基礎となる情報システムによるシームレスな情報の共有が、系列などの既存の業界秩序を崩し始めている。これは具体的な消費者へのサービスではないが、これこそがもっとも革新的なニュービジネスというべきだろう。

オープンネットワークは、成熟して大きくなりすぎた大企業にスリム化と機敏さを取り戻す起死回生のキーファクターである。強大な経営資産の上に外部知識・技術を活用して、一段と競争力を高めることが可能となる。また、一極集中のデメリットを逆手にとって、情報通信技術を駆使して得意の技術を生かす地方の中堅・中小企業および起業家が登場する可能性はさらに高い。遠隔地の企業にも成長の機会が生じ、分散のメリットを生かした「分散型産業」の発達が期待される。

ECやCALSと呼ばれる試みは今やこれらのニュービジネスのすべてを総称する概念となったと考えられる。

企業生存の条件
ここまでは仮想空間の特徴と、その上でのビジネスの可能性について見てきたのだが、21世紀に向けた構造変革を目前にして、企業はどのようにして古い体質から脱却すればよいのだろうか。古い体質から脱却できない企業に脱落の危険があることが理解できても、現実には現状を否定するような発想の転換は容易ではない。

ここでは、まずオープンネットワーク時代における企業の生存の条件を検討し、情報戦略への取り組み方について考えてみたい。

まず、オープンネットワーク時代において最低持っておかねばならないであろうと思われる条件は次の3点であろう。

@ 企業体質の抜本的改革
オープンネットワーク上のビジネスにおいては、「ついこの間まで夢にも思わなかった」というような事態が非常に起こりやすい。もともと情報という商品を扱っているため、商品のライフサイクルは短縮するし、それに加え参入が容易であるために予想しなかったライバルも出現しやすい。

そのため、そうした「予想もしなかった事態」によく対処するためには、意思決定が迅速に行われなければならないし、敏捷な組織行動が求められるので体質がスリムでなければならない。より基本的には、新製品・新商品を低コストでタイムリーにデリバリーできなければならない。

つまり、「コスト競争力の再確立」とビジネスチャンスを機敏に捉え、リスクを回避し、格段の顧客満足を獲得する「ファストサイクル能力の獲得」が、オープンネットワーク時代には必要条件となるのである。これを実現するために必要なのが、いわゆるBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)である。バブルの崩壊以後、この手法は多くの企業で導入され、企業体質のスリム化はかなり進展したと言える。しかし、まだ多くの企業がその途上にある。BPRを今徹底させておいてこそ、これからの情報投資が生きてくるのである。

A コア・コンピータンス
企業は存続の源である「固有の価値」を本質的に保有しているはずである。何らかの価値を生み出して社会に提供してこそ存続していけるのである。生み出す価値が社会に無用となれば組織は必然的に滅びるであろう。しかし、企業はその「固有の価値」を明確に認識しているとは限らない。それが常に顧客に独自性を訴求できる商品やサービスとして提供されているとは限らないし、他社に先を越されたり、需要の変化を読み違えたために業績に貢献しないことも少なくない。

新しい市場を開拓し、あるいは差別化するためには、自社の持っている「固有の価値」を再認識する必要がある。それが明確になれば、経営資源を絞り込み、投入して、資本効率を格段に高めることができるからである。これを、“真の強み”すなわち、コア・コンピータンスと呼んでいる。コア・コンピータンスが具体的に何であるかは、企業によって異なるが、一般的には製品開発力・生産技術・特許技術などの知的財産権、ブランドや希少性、色彩やデザインといったものである。たとえば、停滞産業化しつつある自社の技術が他産業にとっては差別化技術となることを発見できれば、それを生かして新製品を開発し、それを中心に自社ビジネスの構造を再編成して好業績をあげることも可能になろう。このように、かつて生産ラインを埋めるためといういかにも消極的な理由で拡大志向的な多角化戦略が進められたが、これからは自社のコア・コンピータンスを明確に把握することによって積極的な多角化戦略を進めることも必要になってきていると言える。

コア・コンピータンスは、これから形成されるオープンでグローバルな価値連鎖の中で、これまで以上に重要なポイントとなりそうである。

B 敏感な情報感度(情報リテラシー)
先ほど、『「予想もしなかった事態」によく対処するためには、意思決定が迅速に行われなければならないし、敏捷な組織行動が求められるので体質がスリムでなければならない』、ということを述べたが、意思決定し、組織行動を起こすためにはそのための情報を的確に受信し、冷静に分析する能力が必要である。すなわち、膨大雑多な情報の中から商機を見出したり、わずかな予兆を捉えて新しいニーズを掘り出したり、変化を察知してリスクを回避する、といった機敏な組織行動のベースになる能力である。

こういった情報感度を高めるためには、まずはコンピュータを扱って電子メールによる情報交換したり、世界中のデータベースから情報を検索するといったことができるようになる必要がある。しかしそうした機器の操作などは技術進歩により誰にでも扱えるようになっていくであろうから、最も重要なのは入手した情報を組織行動に結び付ける能力である。良い情報を入手してもそれを使いこなせなければ意味がない。その情報を使って、ビジネスをどう「デザイン」するかということが重要なのである。

しかし、情報感度を高める即効的な方法はまだ見出されていない。結局は組織の構成員が共有している“問題意識”が重要になると思われる。


では、この3点を備えた上で、どういった情報戦略を取っていけばよいのだろうか。

ビジネスの世界では、どんな場合でも投資戦略には3つの選択肢があると考えられる。一つ目は最先端技術や新型商品を先駆的に開発・導入・販売していく選択肢で、これは一般に「ハイリスク・ローリターン」である。二つ目は少し見込みのついてきた技術や商品に投資する選択肢で、漁夫の利を得ることのできる可能性と、大した効果を上げられない可能性の両方を持っていると言える。そして三つ目は、実証済みの技術や商品に投資する選択肢で、投資効果が確実であり、リスクが非常に少ない反面、後追いの不利は免れなかった。しかし、高度経済成長の時代には、市場が拡大を続ける限り後追いの不利は挽回することが可能であり、むしろローリスクのメリットが重視され、大半の企業がこの範疇に入った。

さて、情報技術への投資戦略ではどうなのだろうか。

前述した通り、仮想空間においては一番手のリスクを背負った先駆的企業がデファクト・スタンダードを獲得した時の市場支配力は圧倒的なものとなる。傾向としては、日本企業は一番手は不得意であるが、先進技術の導入意欲は強く、業界のトップ企業が二番手の役割を担うことが多い。しかし、ビジネスサイズが大きくなるほど一番手企業のみが利益を掌握する傾向が顕著になり、それに続く二番手企業が享受できるメリットの幅は狭まる。二番手企業は限りないコスト競争の波に翻弄されやすい。三番手企業については、サイバービジネスでは先行企業によるシェア寡占あるいはニッチ市場の棲み分けが比較的短期間で決まる可能性があるので、まずチャンスはないと考えられる。いずれにしろ、後追いの機会損失は拡大し、横並びの安全志向では戦列から落ちこぼれるリスクが大きいと考えざるをえない。

インターネットやCALSといったものは周知の通りアメリカで生まれ、アメリカで育てられたものである。そうした物の上でビジネスを行うわけであるから、日本はすでに二番手に甘んじていると言わざるをえない。ただ、一般的には、標準化が進んでオープンネットワークが発展するということは、ビジネスの参入障壁が低くなって競争が激しくなることを意味している。何番手であっても、特異性がなければ、淘汰の波を強く受けるのは避けられないだろう。日本企業は、長期的視点でその革新の方向性を見極め、教育も含めた技術開発インフラの再整備に着手すべきであろう。


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